海外PMIはなぜ失敗するのか
― 統合ではなく「価値観と判断軸の再設計」
海外企業への出資や買収を検討する際、多くの経営者は
「ディールが成立するまで」を最大の山場だと捉えがちです。
私自身、かつてグローバル事業を統括する立場で、海外企業への出資とPMI(買収後の統合プロセス)に関わる中で、この認識が大きな誤解であることを痛感しました。
海外M&Aで本当に難しいのは、
買った後、すなわちPMIです。
海外PMIは「制度統合」では終わらない
国内PMIでは、
会計、人事、業務プロセスといった制度を揃えていくことで、
一定の成果が得られることもあります。
一方、海外では、
同じアプローチをそのまま当てはめようとすると、
早い段階で違和感が生じます。
なぜなら、海外PMIでは
経営の前提条件そのものが揃っていないからです。
制度をどう統合するか以前に、
「どのような価値観と判断軸で経営するのか」を
再設計しなければ、PMIは形だけのものになります。
PMIで最初に直面するのは「人」の問題
海外PMIで最も時間とエネルギーを要するのは、
制度やシステムではなく、人です。
海外拠点では、
ローカル人材が実質的に事業を動かしています。
彼らが、
- 何を大切にすべきか
- どのような基準で判断すべきか
が腑に落ちていなければ、
どれほど精緻なPMI計画を描いても、
現場は動きません。
三現主義がPMIを現実に引き戻す
こうした中で、私が強く意識していたのが
三現主義(現場・現物・現実)です。
ローカルの責任者との面談だけでなく、
実際に現場に足を運び、
できる限り部長クラス、マネージャークラスとも
直接コミュニケーションを取るようにしていました。
組織を日々動かしているのは、
現場に最も近いこの層だからです。
資料や会議では見えてこない、
実務上の制約や本音、
どこで意思決定が滞っているのかといった点は、
現場での対話を通じて初めて把握できました。
三現主義とは、
単に「現場を見る」ことではなく、
組織の深いところまで降りていく姿勢だと
私は考えています。
人材育成をPMIの中核に据える
海外PMIを進める中で、
制度以上に重要だと感じたのが、
次世代マネジメント層の育成でした。
そこで、各拠点の責任者に、
次世代のマネジメントとして育成したい人材を
選抜・推薦してもらい、
体系的な学びの場を設けました。
この取り組みで重視したのは、
知識の習得そのものではありません。
- グループ全体を俯瞰する視点
- 共通の判断軸で考える習慣
- 拠点や国を越えた人的ネットワーク
こうした土台を作ることこそが、
PMIにおける人材育成の目的でした。
「地産地消」からの脱却を促す
当時、多くの海外拠点では、
自国・自地域の中で事業が完結しており、
他拠点や本社と連携して
より大きなビジネスモデルを描く発想は
必ずしも一般的ではありませんでした。
しかし、海外PMIの本質は、
単に既存事業を維持することではなく、
グループとしての成長余地を広げることにあります。
そこで、
拠点単位ではなく、
グループ全体を前提とした構想を考える機会を設け、
それを経営層に直接伝える場を用意しました。
このプロセス自体が、
PMIを「自分ごと」として捉えてもらう
重要な契機になったと感じています。
PMIとは「関係性と構想力の再設計」
この経験を通じて、
私が強く認識するようになったのは、
PMIとは制度を統合する作業ではなく、
人を通じて、
価値観・判断軸・構想力を再設計するプロセス
だということです。
本社と現地、
拠点同士が直接つながる関係性を持たなければ、
PMIはいずれ形骸化します。
おわりに
海外PMIが難しいのは、
それが制度の問題ではなく、
人と判断の問題だからです。
計画を整えること以上に、
価値観と判断軸を揃え、
現実に向き合い、
人を通じてそれを浸透させていけるか。
これができて初めて、
PMIは「完了」ではなく、
自律的に回り始める段階に入ります。
次回は、
こうした判断を支える共通の拠り所として、
GRC(ガバナンス・リスク・コンプライアンス)が
なぜ海外事業において経営の中枢になるのかを
掘り下げていきます。
海外子会社のガバナンスを考えるうえで、関連するテーマとして以下のコラムもあわせてご覧ください。
なぜ海外事業ではGRCが「管理」ではなく「経営の背骨」になるのか
【本稿について】
本稿は、筆者のこれまでのグローバル事業運営および経営支援の経験を踏まえ、
特定の企業・組織・時期を指すことのないよう、
事実関係を再構成・一般化したうえで記述しています。
実在の企業や個別事案を論評・評価する意図はありません。