鮫島コラム

中小サービス業のマーケティング支援事例

ヒアリングから戦略策定、具体的施策提案までの実践プロセス

はじめに

中小企業診断士として、サービス業の経営支援を行う中で、多くの事業者が「集客をどう伸ばすか」という課題に直面しています。本コラムでは、あるパーソナルサービス業への約3ヶ月間のマーケティング支援の流れを一般化し、ヒアリング→分析→戦略策定→具体的施策提案までの実践的なプロセスをご紹介します。

第1段階:徹底的なヒアリングで経営課題を可視化する

支援の第一歩は、経営者との対話を通じた課題の把握です。初回のヒアリングでは、「売上を伸ばしたい」という漠然とした要望から出発しましたが、対話を重ねることで以下のような具体的な課題が浮かび上がってきました。

  • 新規顧客獲得チャネルがWEBに限定されている
  • 地域の富裕層など、新たなターゲット層へのアプローチが未整備
  • WEBマーケティング(SEO・MEO)の改善余地がある
  • 従業員のモチベーション向上と教育体制の整備

重要なのは、経営者の「語り」の中から本質的な強みを引き出すことです。この事例では、対話の中で「独自のメソッド」「トレーナーの専門性」「柔軟な経営体制」といった差別化要素が明確になりました。

第2段階:フレームワークを活用した分析

ヒアリング内容を踏まえ、SWOT分析とクロスSWOT分析を実施しました。

SWOT分析のポイント

  • 強み:独自性のあるサービス提供方法、経営者自身のスキル、スタッフの専門性
  • 弱み:認知度の低さ、集客チャネルの限定、教育体制の未整備
  • 機会:ターゲット層の拡大可能性、地域特性、提携先開拓の余地
  • 脅威:競合の台頭、価格競争、属人的経営のリスク

この分析結果を経営者と共有し、「自社の立ち位置」を客観的に理解していただくことが重要です。特にクロスSWOT分析により、「強みを活かして機会をつかむSO戦略」や「弱みを補って脅威に備えるWT戦略」など、具体的な戦略の方向性が見えてきます。

第3段階:データ分析で戦略に説得力を持たせる

次に、定量的なデータ分析を行いました。

1. 商圏分析(RESAS活用) 経済産業省のRESAS(地域経済分析システム)を用いて、商圏の将来人口推移や年齢層別の滞留人口を分析しました。この分析により、「ターゲットとする年齢層が商圏内に多く存在する」という事実が裏付けられ、戦略の方向性に確信が持てました。

2. 競合比較分析 商圏内の主要競合について、サービス内容・価格・特徴を一覧表にまとめました。これにより、競合との差別化ポイントが明確になり、「どこで戦うべきか」というポジショニングが見えてきました。

3. 顧客データ分析(デシル分析・RFM分析) 既存顧客のデータを分析し、売上構造を可視化しました。デシル分析では、上位約3割の顧客が売上の8割を占めるという構造が判明。この「パレートの法則」に近い構造を確認しつつ、適度な分散があることで健全性も確認できました。

さらにRFM分析(Recency:最終購買日、Frequency:購買頻度、Monetary:購買金額)により、顧客を以下の4セグメントに分類しました。

  • ロイヤル顧客(約17%)
  • 育成候補顧客(約7%)
  • 関係維持顧客(約46%)
  • 休眠・離脱顧客(約30%)

各セグメントに対する最適なアプローチ方法を検討することで、LTV(顧客生涯価値)の最大化戦略を立案しました。

ただし、この分析結果を提示する際には必ず強調したことがあります。「この結果は、あくまで数値的な物差しに基づいて分類したものです。経営者やスタッフの皆さんの肌感覚と合わない場合は、ぜひ肌感覚を優先してください。お客様と日々接して、より多くの情報を持っているのは現場の皆さんですから」と。データ分析は重要な判断材料ですが、現場で培われた感覚や顧客との対話から得られる情報には、数値では測れない価値があるのです。

第4段階:戦略の方向性を定める

分析結果を踏まえ、競争戦略の方向性を定めました。この事例では、大手との正面対決を避け、「ニッチャー戦略」を選択しました。

ポジショニングマップによる可視化 縦軸に「専門性の高さ」、横軸に「ターゲット層の特性」をとってポジショニングマップを作成。自社と競合の位置関係を可視化することで、「どこが主戦場か」が明確になりました。

「勝ちパターン」の構築

  • 地域特化×高付加価値戦略
  • ニッチ市場への深耕
  • “人”を前面に出した差別化(トレーナーブランディング)

これらの戦略は、大手にはできない中小企業ならではの強みを活かすものです。

第5段階:具体的な施策の提案

戦略を実行可能な施策レベルに落とし込みました。

1. WEBマーケティングの最適化

  • SEO対策:タイトルタグ・メタディスクリプションの見直し提案
  • MEO対策:Googleビジネスプロフィールの活用強化
  • A/Bテスト:複数パターンのLPを作成し、効果測定

2. オフライン施策の展開

  • ターゲット層を絞ったポスティング(商圏分析データに基づく)
  • 駅前でのターゲットへの直接アプローチ
  • 提携先施設へのリーフレット設置(整骨院、飲食店等)

3. 既存顧客の深耕

  • ロイヤル顧客への特別オファー(物販クロスセル、限定イベント)
  • 育成候補顧客へのモチベーション施策(ビフォアアフター可視化)
  • 関係維持顧客への定期的なコミュニケーション強化
  • 休眠顧客への再来店促進(理由のヒアリングと改善)

4. 新規ターゲット層の開拓

  • 50~60代女性向けアプローチ
  • 産後ママ層への訴求
  • チラシデザインのターゲット別最適化

すべての施策には、KPI(重要業績評価指標)を設定し、効果測定できる体制を整えました。

支援を通じて見えてきたこと

この3ヶ月間の支援を振り返ると、いくつかの重要なポイントが浮かび上がります。

1. 実行力の重要性 提案した施策を即座に実行に移す経営者の姿勢が印象的でした。支援期間中に、提携先開拓やWEBサイト改修など、複数の施策が実行され、早くも成果(PV20%増、新規顧客獲得等)が現れ始めていました。

2. データと感覚の両輪 RFM分析などのデータ分析は重要な判断材料ですが、それはあくまで「数値的な物差し」に過ぎません。最終的には、日々顧客と接している経営者やスタッフの「肌感覚」を優先すべきです。顧客との対話の中で得られる情報—例えば「このお客様は経済的に余裕がありそう」「最近モチベーションが下がっているように見える」といった現場ならではの気づき—には、数値では測れない価値があります。データと現場感覚を組み合わせることで、より効果的な施策が生まれます。

3. 差別化の本質 大手と同じ土俵で戦わず、中小企業ならではの「柔軟性」「専門性」「人間的な温かさ」を武器にすることが、持続的な成長につながります。

4. PDCAサイクルの継続 WEBマーケティングは特に、A/Bテストなどを繰り返しながら最適解を見つけていくプロセスが重要です。自社でWEB運営できる体制があれば、試行錯誤のスピードが上がります。

おわりに

マーケティング支援は、一過性のアドバイスではなく、経営者と伴走しながら課題を整理し、実行可能な施策に落とし込むプロセスです。ヒアリング→分析→戦略策定→施策提案という流れの中で、フレームワークとデータを活用しながらも、最終的には経営者の「想い」と「実行力」が成果を左右します。

この事例が、同じように集客や売上拡大に悩む中小サービス業の皆様の参考になれば幸いです。