鮫島コラム

「OKY」はなぜ生まれるのか―海外子会社で本社と現地がすれ違う4つの理由

― 本社と現地のすれ違いを、経営の言葉で解きほぐす

OKYが生まれる理由は4つあります。

①情報格差
②権限と責任の不一致
③現地事情への理解不足
④共通の判断軸がないこと

海外事業に関わった経験のある方であれば、
酒席や非公式な場で、
こんな言葉を耳にしたことがあるかもしれません。

「OKY(お前が来て、やってみろ)」

現地の事情を十分に理解しないまま、
本社から次々と指示や要望が下りてくる。
そのもどかしさや苛立ちを、
半ば自嘲気味に表現した言葉です。

OKYは「反抗」ではなく「悲鳴」に近い

OKYという言葉は、
しばしば現地の反発や反抗心として受け取られがちです。

しかし、実際には、
それほど単純な感情ではありません。

  • 現地の制約を説明しても伝わらない
  • 本社の期待と現実のギャップが埋まらない
  • 判断の責任だけが現地に残る

こうした状況が積み重なった末に、
言葉として噴き出してくるものです。

OKYは、
「分かってほしい」という気持ちが、
うまく言語化できなかった結果とも言えます。

本社にいると、見えなくなるものがある

本社から見る海外事業は、
どうしても「数字」と「報告資料」が中心になります。

一方、現地では、

  • 人が足りない
  • 判断に使える情報が限られている
  • 文化や慣習が意思決定に影響する

といった現実の中で、
日々、細かな判断を積み重ねています。

この距離感を埋めないまま、
正論だけが行き交うと、
現場は疲弊していきます。

現場と本社の情報格差がもたらすもの

私自身、OKYという言葉を最も強く実感した出来事があります。

香港駐在中、香港現地法人の営業本部長が、家族とともに英国へ移住することになりました。当時の香港では、政治情勢への不安からBNOパスポートを利用して英国へ移住する人が少なくありませんでした。一方で、新型コロナウイルスの影響により営業活動も大きく変化し、多くの顧客が訪問営業を受け入れなくなっていました。

現地法人の社長と人事担当役員は、「3か月に一度は香港に戻って営業活動を行う」という条件で、営業本部長として続投させる判断をしました。代替できる人材がいなかったことも、その重要な理由でした。

私も海外子会社を統括する立場として、この判断を支持しました。現地の経営陣が責任を持って下した合理的な判断だと考えたからです。

ところが、東京本社から「営業本部長がリモートワークとは何事だ。すぐに営業本部長を代えろ」という強い指示が飛んできました。

当時、私が率直に感じたのは、「一度でも現地へ来て、この現実を見てから判断してほしい」ということでした。

香港の政治情勢、コロナ禍による営業スタイルの変化、そして代替できる人材がいないという現実を見ずに、日本の常識だけで判断すべきではないと考えたからです。

現場を知らずに一般論だけで意思決定すると、現地では「OKY(お前、ここに来てやってみろ)」という感情が生まれます。これは単なる反発ではなく、現場と本社の情報格差が生み出す組織からの警告なのです。

私は最終的に、本社の指示をそのまま実行するのではなく、現地経営陣の判断を尊重しました。海外子会社を統括する立場として重要なのは、本社の指示を機械的に伝えることではなく、現地の実情と本社の考えをすり合わせ、会社全体として最善の判断を行うことだと考えたからです。

OKYを生まないために必要なこと

OKYという言葉が生まれる背景には、
「見ていない」「分かっていない」という
認識のズレがあります。

これを解消するために必要なのは、

  • 本社が現地の現実を知ろうとする姿勢
  • 現地が判断の前提を共有できる関係性
  • 共通の判断軸としてのGRC

です。

特にGRCは、
本社と現地が同じ言葉で議論するための
重要な基盤になります。

正しさよりも、納得感が組織を動かす

経営の指示が、
論理的に正しいかどうかと、
現場が納得して動けるかどうかは、
必ずしも一致しません。

納得感は、
説明の巧拙よりも、
「理解しようとしているか」という姿勢から生まれます。

本社が現地に足を運び、
現実を見たうえで発する言葉は、
同じ内容であっても、
受け止められ方がまったく変わります。

OKYを笑い話で終わらせないために

OKYは、
海外事業に付きものの「あるある話」として
笑い話で終わらせることもできます。

しかし、
その裏側には、
組織の分断や疲弊の兆しが潜んでいます。

OKYが本気で語られるようになったとき、
それは経営が
何かを見落としているサインかもしれません。

海外子会社の経営で最も重要なのは、本社の考えを押し付けることではありません。

現地の実情を理解し、本社と現地の双方が納得できる意思決定を行うことです。

OKYは、現地社員のわがままではありません。

本社と現地の情報・認識・権限のずれが生み出す、組織からの警告なのです。

この警告に耳を傾けることこそが、海外子会社マネジメントの第一歩だと私は考えています。

おわりに(シリーズのまとめとして)

この連載では、
海外事業におけるさまざまな局面を取り上げてきました。

  • 内部通報への向き合い方
  • PMIという長い統合プロセス
  • GRCという判断の背骨
  • M&Aにおけるセカンドオピニオン
  • 人を任せるという重い決断

そして最後に、
OKYという現場の言葉を通じて、
本社と現地の関係性を見つめ直しました。

海外経営において重要なのは、
完璧な制度や正解を用意することではありません。

現実を見に行き、
理解しようとし、
共通の軸で判断し続けること。

それができて初めて、
OKYは皮肉ではなく、
対話のきっかけに変わるのだと考えています。

海外子会社のガバナンスを考えるうえで、関連するテーマとして以下のコラムもあわせてご覧ください。

海外PMIはなぜ失敗するのか

なぜ海外事業ではGRCが「管理」ではなく「経営の背骨」になるのか

なぜ「人を任せる」判断が、海外経営で最も重いのか

【本稿について】

本稿は、筆者のこれまでのグローバル事業運営および経営支援の経験を踏まえ、
特定の企業・組織・時期を指すことのないよう、
事実関係を再構成・一般化したうえで記述しています。
実在の企業や個別事案を論評・評価する意図はありません。