M&Aセカンドオピニオン(実録編)②
本稿は「M&Aセカンドオピニオン(実録編)」の第2回です。
第1回では、本件M&Aの背景と、社長がセカンドオピニオンを求めた理由を整理しました。
全体像をご理解いただくためにも、まず第1回をご覧いただければ幸いです。
同じEBITDAマルチプル法なのに、なぜ評価はここまで違うのか
前回は、会社の売却を検討する社長が、
最終判断にあたって「セカンドオピニオン」を求めた背景についてお話ししました。
今回は、その過程で社長が直面した、
「なぜM&Aアドバイザリーの評価はここまで違うのか」
という疑問について整理してみたいと思います。
■ 4社とも、評価手法は同じだった
社長が接触していた複数のM&Aアドバイザリーは、
いずれもEBITDAマルチプル法を採用していました。
将来予測に大きな不確実性を伴う中小企業M&Aでは、
DCF法のようなインカムアプローチよりも、
市場動向や交渉状況を反映しやすいマーケットアプローチが選ばれることが一般的です。
この点において、
アドバイザリー各社の考え方に大きな違いはありませんでした。
それにもかかわらず、
提示された評価額には無視できない幅がありました。
■ 倍率レンジの置き方で、評価は変わる
あるアドバイザリーは、
EBITDAに対して4〜6倍程度のレンジを想定していました。
一方で、
5〜7倍という、より強気のレンジを置いたアドバイザリーもありました。
同じEBITDAマルチプル法でも、
どのレンジを現実的と見るかによって、評価額は大きく変わります。
この違いは、
計算の正誤ではなく、
「どの市場を見ているか」「どの買い手を想定しているか」
という視点の違いによるものです。
■ EBITDAに「何を足すか」という考え方の違い
さらに差が広がった要因として、
EBITDAの扱い方の違いがありました。
EBITDAそのものに倍率を掛ける考え方もあれば、
現金及び現金同等物を加算したうえで、
その合計に対して倍率を適用するという考え方もあります。
後者のロジックを採る場合、
評価額は当然、高く見えます。
これは誤りではありません。
ただし、
その前提をどこまで現実的と見るかによって、
評価の印象は大きく変わります。
■ 高い評価額は「売る力」と「覚悟」を映す
評価額の違いは、
アドバイザリーの売る力にも影響を受けます。
買い手ネットワークが広く、
交渉経験が豊富で、
「この価格でも売り切れる」という自信があるところほど、
強気のバリュエーションを提示できます。
また、
その案件にどれだけ本気で取り組むつもりなのか、
つまり案件への意欲も、
提示金額に反映されます。
高い評価額は、
単なる楽観ではなく、
その価格で最後まで走り切る覚悟の表れである場合もあります。
■ 社長が見ていたのは「高さ」だけではなかった
社長は、
「高く売ってくれるに越したことはない」と率直におっしゃっていました。
一方で、
高すぎる価格を掲げたまま、
いつまでも売れない状況になることは避けたいとも考えていました。
求めていたのは、
最高値ではありません。
ほどよい価格で、確実に売り切ってくれるパートナーでした。
■ セカンドオピニオンとして行った評価
私が行ったバリュエーションは、
EBITDAマルチプル法一本ではなく、
複数の評価手法を組み合わせたハイブリッド型でした。
将来予測に基づく評価、
市場指標による評価、
資産ベースの評価。
それぞれの長所と限界を踏まえたうえで、
理論的に説明可能な上限と下限を把握することを目的としました。
この評価について、
私は社長に対して、
「これはあくまで理論値です」と明確にお伝えしました。
そしてM&Aアドバイザリーに対しては、
「理論的には、この水準まで説明できる評価もあります」
と伝えていただくようお願いしました。
■ 交渉は「レンジ」を設計するところから始まる
重要なのは、
その金額で必ず売れると主張することではありません。
理論値を上限として意識しつつ、
現実のディールでは、
「これ以上は下げられない最低ライン」をあらかじめ決めておく。
そして、
その上限と下限の間で、
交渉の中で妥協点を探っていく。
私は社長に対して、
価格帯ごとに対応方針を分け、
交渉に入る前に自分なりのルールを作っておくことをお勧めしました。
M&Aは、
理論値で決まるものではありません。
レンジの中で現実解を見つけていくプロセスです。
■ 数字は「決断の代行者」ではない
セカンドオピニオンの役割は、
高い数字を示すことでも、
正解を断定することでもありません。
経営者が、
自分の判断を構造的に整理し、
納得して決断できる状態をつくることです。
次回は、
価格だけでは決まらないM&Aにおいて、
アーンアウトやエスクローといった条件交渉が
どのように意思決定に影響するのかを取り上げます。
【本稿について】
本稿は、筆者のこれまでの経営支援の経験を踏まえ、
実際の事例を参考にしつつも、
特定の企業や個人が識別されないよう内容を再構成・一般化して記述しています。
実在の企業や個別案件を論評・評価する意図はありません。