海外子会社で内部通報が出たとき、経営者は何から考えるべきか
― 海外×コンプライアンスの落とし穴
海外子会社を持つ企業にとって、内部通報は決して特別な出来事ではありません。 事業を一定規模まで拡大すれば、遅かれ早かれ直面する「洗礼」のようなものです。
問題は、通報そのものではありません。 通報に接したその瞬間に、経営者としてどのように「対応」し、解決に向けて動き出せるかです。
内部通報という「情報の霧」を切り抜ける
海外子会社での内部通報には、国内とは異なる難しさがあります。
言語、文化、そして物理的な距離。 情報は必ず断片的で、かつバイアスがかかった状態で届きます。 実務を通じて感じてきたことですが、内部通報は必ずしも「純粋な正義感」だけで行われるわけではありません。評価への不満や、組織内の力学が絡み合っていることも珍しくないのが海外拠点のリアルです。
だからこそ、経営者には「鵜呑みにもしないが、決して放置もしない」という、冷静な判断力が求められます。
私が経験した「葛藤」と「電光石火の決断」
私自身、長年グローバル事業の責任ある立場として、複数の拠点をマネジメントする中で、まさにこの事態に直面したことがあります。
ある拠点の責任者による不正の疑いに関する内部通報でした。 当初は本人と対話を重ねましたが、決定的な確証が持てないまま、どう決着させるべきか慎重に事実関係を見極める時間が必要でした。組織を預かる身として、安易な判断はできないという重圧の中、事実を積み上げていく日々でした。
しかし、調査を進める中で客観的な根拠が明確になった瞬間、私は即座に人事部門等と連携し、当該責任者の更迭と帰任という、極めて厳しい措置を断行しました。
この決断は、私にとっても身を切るような苦しいものでした。欠員が出た後の現場を自ら支えなければならないという、実務上の厳しい状況も重なりました。
しかし、ここで「様子を見る」という選択肢はありませんでした。海外では、経営層の迷いや腰の引けた判断は、驚くほど早く現地組織に伝わります。一度「逃げた」と思われてしまえば、後から立派なルールを振りかざしても、信頼を回復することは困難だからです。
事実認定と「メッセージ」の重み
トラブルに取組む際、徹底すべきは、事実認定と評価を意識的に切り分けることです。
何が証拠に基づいた事実で、何が推測か。この線引きを曖昧にしたまま判断を下せば、後になって意思決定の正当性が揺らぎます。
そして何より重要なのは、対処した後の対応です。 私はこの一件の後、他の海外拠点の経営層に対し、個人の特定を避けつつも、「組織としてGRC重視の経営方針を貫き、厳正な措置を執った」という事実を明確に伝えました。
拙速な処分を避け、事実を確認し、その上で逃げずに判断を下す。そのプロセスそのものが、組織に対する最も強力な規律(ガバナンス)です。
GRCという「逃げないための背骨」
内部通報という荒波の中で、経営が立ち往生しないために必要なのが、GRC(Governance, Risk Management, Compliance)という軸です。
これは単なる管理の手法ではありません。
- 誰が最終的な判断責任を負うのか(Governance)
- この問題が放置された際、事業に致命傷を与えるのは何か(Risk Management)
- どのルールを、どの水準で守り抜くのか(Compliance)
これらを「判断の軸」として組織の中に持っておくことで、場当たり的な対応を防ぐことができます。 私にとってGRCとは、制度である以前に、困難な局面から逃げずに決断を下すための「支え」でした。
おわりに
海外子会社で内部通報が出ることは、組織が動いている証拠でもあります。 大切なのは、その報に接したとき、当事者として正面から「取組む姿勢」を示せるかどうか。
もみ消さない。逃げない。プロセスを端折らない。 その覚悟こそが、遠く離れた海外拠点の信頼を勝ち取り、強い組織を作る唯一の道だと私は信じています。
次回は、同じく経営判断の質が問われる別の局面、「海外PMI(買収後の統合プロセス)」について掘り下げていきます。
※本稿で紹介した事例は、筆者の過去の実務経験に基づき、守秘義務に抵触しないよう事実関係を再構成・抽象化したものです。