鮫島コラム

M&Aセカンドオピニオン(実録編)④

本稿は「M&Aセカンドオピニオン(実録編)」の第4回(最終回)です。 第3回では、買い手企業から提示された条件をどのように評価すべきか、そしてオーナー社長が意思決定を行ううえで押さえるべきポイントについて解説しました。

本シリーズは、実際の案件をもとに、セカンドオピニオンの視点からM&Aの意思決定プロセスを検証してきた連載です。
これまでの経緯や論点をご理解いただくためにも、まず第3回をご覧いただければ幸いです。

誰に売るのか ― M&Aの最終判断は「価格」ではなく「未来」で決まる

これまで、
第1回ではセカンドオピニオンを求めた背景を、
第2回では価格と評価の考え方を、
第3回では条件交渉の落とし穴を取り上げてきました。

すべてを整理したあとに、
社長の前に残った最後の問いは、極めてシンプルでした。
「結局、誰に売るのが一番よいのか」
という問いです。

■ 同業種か、他業種かという悩み

社長との打合せの中で、
こんな質問を受けました。

「同業種と他業種、どちらに売却する方がよいと思いますか」

多くの経営者が、一度は悩む論点です。

同業種への売却であれば、
業務内容の理解が早く、
引き継ぎも短期間で済むと言われています。
実際、「3か月もあれば引き継ぎが終わる」という話を
耳にしたことがある方も多いでしょう。

一方で、他業種への売却の場合、
業務を理解してもらうまでに時間がかかり、
「1年くらいは大変だ」と言われることもあります。

■ 私が「他業種」を勧めた理由

この質問に対して、
私は少し考えることもなく、こうお答えしました。

「他業種だと思います。
事業上の補完関係、いわゆるシナジー効果が見込めるからです」

社長は、
「同業種なら引き継ぎは楽だが、
他業種だと大変だと聞いたことがある」
と率直な感想を述べられました。

それでも、
私は自分の考えをお伝えしました。

■ 引き継ぎに時間がかかることの意味

確かに、
他業種への売却では、
引き継ぎに時間がかかるケースが多いのは事実です。

しかし、
引き継ぎに時間がかかることは、
必ずしも悪いことではありません。

それは、
買い手が本気で事業を理解しようとしている
ということでもあります。

短期間で終わる引き継ぎは楽ですが、
その分、
事業の本質まで踏み込まれないまま
進んでしまうこともあります。

時間をかけて理解しようとする姿勢は、
負担ではなく、
将来への投資だと私は考えています。

■ 機能や人材を必要としている企業の姿勢

さらに、
私は社長にこんな話をしました。

他業種であっても、
自社に不足している機能や専門性を
本気で補いたいと考えている企業であれば、
合併後も、
その分野を担う人材を大切にする可能性が高い、ということです。

特定の機能や専門性を
単なるコストではなく、
価値の源泉と捉えている企業は、
人を安易に切り捨てることはしません。

売却後、
従業員がどのような環境で働くことになるのか。
この視点は、
価格と同じくらい重要だと私は考えています。

■ 価格よりも大切な「売却後の姿」

M&Aの世界では、
「高値で売れたかどうか」が
注目されがちです。

しかし、
高い価格で売却できても、
売却後に現場が混乱し、
人が疲弊してしまえば、
それは本当に良いM&Aだったと言えるでしょうか。

一方で、
価格はほどほどでも、
事業がきちんと引き継がれ、
従業員が安心して働ける環境が続くのであれば、
それは前向きな選択だと言えます。

社長が最終的に見ていたのは、
売却後の会社の姿でした。

■ 明確な助言が、決断を後押しする

私の話を聞いたあと、
社長はこうおっしゃいました。

「明確にお答えいただき、ありがたいです」

セカンドオピニオンに求められるのは、
無難な一般論ではありません。

迎合することでもありません。

状況を踏まえたうえで、
自分なりの考えを、
責任をもって伝えること。
それが、
経営者の決断を後押しするのだと思います。

■ M&Aの最終判断とは何か

M&Aは、
価格、条件、タイミングといった
多くの要素を含む意思決定です。

しかし、
最終的に問われるのは、
「この会社を、誰に託すのか」
という一点に尽きます。

相手選びは、
会社の未来と、
そこに関わる人の未来を選ぶ行為です。

セカンドオピニオンの役割は、
その最終判断に、
静かに、しかし確かに寄り添うことだと考えています。

M&Aは、オーナー経営者にとって人生で一度あるかないかの重要な意思決定です。提示された条件やスキームが一見魅力的なようでも、その妥当性を冷静に検証する視点を持つことが不可欠です。

本シリーズでご紹介した事例は、特別なケースではなく、実務の現場では決して珍しいものではありません。だからこそ、アドバイザーの提案を鵜呑みにするのではなく、必要に応じて第三者の視点から検証する「セカンドオピニオン」という考え方が重要になります。

本稿が、M&Aを検討するオーナー経営者の皆様にとって、意思決定を行う際の一つの参考になれば幸いです。

【本稿について】

本稿は、筆者のこれまでの経営支援の経験を踏まえ、
実際の事例を参考にしつつも、
特定の企業や個人が識別されないよう内容を再構成・一般化して記述しています。
実在の企業や個別案件を論評・評価する意図はありません。