香港四大トレイル踏破記 ― 全長298kmの記録と都市構造の考察
プロローグ:コロナ禍の香港で始まった「冒険」
私が香港に、執行役員グローバル事業部長として着任したのは、2020年6月。
世界がコロナ禍に覆われた、まさにその渦中でした。
到着後すぐに始まったのは、2週間のホテル隔離。
外出は一切できず、リストバンドによって常に位置情報が管理される生活は、正直に言えば“囚人”に近い感覚でした。

その隔離期間を終え、ようやく始まった香港での生活。
さらに7月には家内も来港し、二人の「冒険の旅」がスタートします。
当初は、未知の土地での生活基盤を整えることに追われる日々でした。
しかし、街の地理やリズムが見えてきた頃、週末の過ごし方に変化が生まれます。
――山を歩くようになったのです。
当時の香港は、公共の場でのマスク着用義務やレストランの営業停止など、厳しい行動制限下にありました。
しかし興味深いことに、ハイキングだけは許可されていたのです。
週末になると、多くの人々が山へ向かいました。
中でも印象的だったのが、フィリピンやインドネシアから来ているいわゆる「アマ(お手伝いさん)」たちの姿です。
本来であれば、彼女たちは週末にセントラルやヴィクトリア公園に集まり、同郷の仲間たちと語らい、食事をし、歌い、踊る――そんな時間を過ごします。
しかしコロナ禍では、その集まりも制限されていました。

その代わりに、彼女たちは山へ来ていました。
トレイルの脇にレジャーシートを広げ、
いつものようにおしゃべりをし、食事を楽しむ。
場所が変わっても、人の営みは変わらない。
その光景は、強く心に残っています。
香港のトレイルは、単なる自然ではありません。
そこには、都市で働く人々の生活や社会の一部が、そのまま持ち込まれているのです。
そしてもう一つ、忘れがたい体験があります。
山の頂きから、海と摩天楼を同時に見下ろすという光景です。
都市と自然がここまで近接し、ダイナミックに共存している場所は、世界でもそう多くありません。

サー・セシル・ライドから望むヴィクトリア・ハーバー
自宅裏のトレイルから都市の全景を見下ろせるのが、香港の特異性です。
この体験こそが、すべての始まりでした。
やがて私たちは、香港に張り巡らされたロングトレイルへと足を踏み入れます。
その第一歩が、象徴ともいえる「香港トレイル」でした。