鮫島コラム

経営管理ビザの取得はゴールではない

― 外国人起業家が日本で事業を成功させるために ―

経営管理ビザの取得を目指す外国人経営者にとって、事業計画書の作成や在留資格の審査は、大きな関門です。

2025年の制度改正によって経営管理ビザの審査が厳格化され、事業の実態や事業計画の合理性が、これまで以上に重要になりました。

本シリーズでは、経営管理ビザが厳格化された背景から、事業計画書の作成、数字の根拠、事業実態の確認、そして専門家の選び方まで、6回にわたって取り上げてきました。

しかし、ここで一つ、忘れてはならないことがあります。

経営管理ビザを取得できたからといって、事業の成功が保証されるわけではないということです。

ビザの取得は、日本で事業を行うためのスタートラインにすぎません。

シリーズ最終回となる今回は、経営管理ビザの取得・更新という枠組みから少し視野を広げ、外国人起業家が日本で事業を継続・成長させていくために何が必要なのか、私自身の海外事業経験や外国人経営者への支援経験を踏まえて考えてみたいと思います。

事業計画書は、申請後にこそ真価を発揮する

経営管理ビザの申請に際して、事業計画書の作成に多くの時間と労力を費やす経営者は少なくありません。

売上予測、経費、利益、資金計画などについて、合理的な根拠を示すことが求められるからです。

しかし、苦労して作成した事業計画書が、申請を終えた途端に使われなくなってしまうとしたら、非常にもったいないことです。

事業計画書は、本来、経営者が自社の進むべき方向を確認するためのものです。

例えば、売上が計画を下回った場合、その原因は何でしょうか。

顧客数が想定より少ないのか、客単価が低いのか、それとも販売方法に問題があるのでしょうか。

こうした問題を明らかにするためには、計画と実績を比較し、原因を分析する必要があります。

そして、分析結果に基づいて改善策を実行し、その効果を確認する。

いわゆるPDCAサイクルを回すことが、経営を安定させる基本になります。

第3回のコラムでは、事業計画書は「ビザを通すため」に書くものではないと述べました。

また、第5回では、売上予測の数字には合理的な根拠が必要であることを説明しました。

これらは、ビザの申請時だけに当てはまる話ではありません。

事業計画書は、審査に必要な書類であるだけでなく、事業を成長させるための経営の羅針盤でもあるのです。

外国人起業家が日本で直面する3つの壁

外国人起業家が日本で事業を営む際には、日本人の経営者と共通する課題に加えて、外国人ならではの難しさがあります。

私は、その課題を大きく3つに整理できると考えています。

1. 日本市場と顧客を理解する壁

第一の壁は、日本市場と顧客の理解です。

母国で成功した商品やサービスが、そのまま日本でも受け入れられるとは限りません。

顧客の嗜好、価格に対する感覚、品質への期待、購入に至るまでの意思決定プロセスなどは、国や地域によって異なります。

例えば、海外では価格競争力を武器に成長してきた企業が、日本ではアフターサービスや品質保証を重視する顧客の期待に応えられず、苦戦することがあります。

反対に、海外では一般的な商品やサービスでも、日本市場では新しい価値として受け入れられる可能性があります。

重要なのは、母国での成功体験をそのまま持ち込むことではなく、日本の顧客が何を求めているのかを理解することです。

そのためには、机上の市場調査だけでなく、実際に顧客の声を聞き、競合他社の動きを観察することが欠かせません。

2. 商習慣とコミュニケーションの壁

第二の壁は、日本独自の商習慣やコミュニケーションです。

日本企業との取引では、価格や品質だけでなく、納期の遵守、きめ細かな対応、継続的な信頼関係などが重視される場面があります。

また、取引先との合意形成や社内での意思決定に、想定以上の時間がかかることもあります。

こうした違いを理解せずに事業を進めると、相手の意図を誤解したり、商談が思うように進まなかったりすることがあります。

私は上海と香港に駐在し、現地社員や取引先と仕事をしてきました。

その経験から強く感じるのは、海外で仕事をするうえで重要なのは、語学力だけではないということです。

相手の文化や価値観を理解し、自分とは異なる考え方を尊重しながら、信頼関係を築くことが求められます。

これは、日本で事業を営む外国人経営者にとっても同じではないでしょうか。

3. 経営管理体制を整える壁

第三の壁は、経営管理体制の構築です。

事業を始めることと、継続的に経営することは別の問題です。

売上が伸びていても、資金繰りが悪化すれば事業の継続は難しくなります。

従業員を採用すれば、労務管理や人材育成も必要になります。

また、日本の税務、会計、社会保険、労働関係法令などについても、適切に対応しなければなりません。

特に、起業家自身が営業、顧客対応、資金管理などを一人で担っている場合、日々の業務に追われ、経営全体を見直す時間が不足しがちです。

だからこそ、事業の成長段階に応じて、必要な管理体制を整えていくことが重要です。

外国人起業家が直面する壁は、単なる言葉の問題ではありません。日本市場への適応と、事業を継続するための経営能力が問われているのです。

経営者の強みを、事業の競争力に変える

私が支援した外国人経営者の事例をご紹介します。

この経営者は、日本で宿泊事業を営むとともに、IT関連事業の展開も検討していました。

事業計画書の確認・評価にあたって、私は宿泊施設の現地確認を行い、周辺環境や顧客の動向を調べました。

また、経営者との面談を重ね、事業の現状や今後の方向性について議論しました。

その中で私が注目したのは、経営者自身が持つ海外留学経験や語学力です。

外国人旅行者や日本で生活する外国人にとって、言語や商習慣の違いは、宿泊施設や住まいを選ぶ際の不安要因になることがあります。

一方、外国人顧客の立場を理解し、英語などで適切に対応できることは、事業者にとって強みになり得ます。

そこで、外国人顧客への情報提供やサービスの充実、オンラインでの集客など、経営者の強みを事業の競争力につなげる方向性について検討しました。

これは、単に事業計画書を整えるための作業ではありません。

経営者が持っている能力や経験を、どのように顧客への提供価値に変えていくか。

まさに経営戦略そのものです。

なお、ここで紹介した取り組みには、検討・提案段階のものも含まれています。今後、実際の経営成果につなげていくことが重要だと考えています。

外国人起業家に必要なのは、申請支援だけではない

外国人起業家を支える専門家には、それぞれ異なる役割があります。中小企業診断士による事業計画書の確認・評価は、経営者と事業の実態を理解する入口となり、その後の経営課題の解決や事業成長に向けた伴走支援へとつながる可能性があります。

外国人起業家が日本で事業を始め、継続していくためには、さまざまな専門家の支援が必要になります。

例えば、在留資格の申請手続では行政書士などの専門家、税務や会計では税理士、労務管理では社会保険労務士が、それぞれ重要な役割を担っています。

そして、事業の方向性を定め、売上や利益を改善し、経営課題を解決していく場面では、中小企業診断士の専門性を活かすことができます。

私は、これらの専門家は競合する存在ではなく、互いの専門性を補完し合う関係にあると考えています。

在留資格の取得・更新を適切に進めることと、事業を成長させることは、どちらも重要です。

ただし、その目的と必要な専門性は同じではありません。

例えば、事業計画書に記載された売上目標を達成するために、どの顧客層を狙い、どのような販売方法を採用するのか。

売上が計画を下回った場合、どの指標を確認し、どのような改善策を講じるのか。

こうした経営上の課題について、経営者と一緒に考え、実行を支援することが中小企業診断士の役割です。

ビザの取得を支援することと、経営の成功を支援すること。両者を適切につなぐことが、外国人起業家にとって大きな価値になるのではないでしょうか。

私が目指す外国人起業家支援

私は長年、事業会社で海外事業に携わり、上海と香港への駐在も経験しました。

海外事業の責任者として、現地社員のマネジメントや事業運営、海外M&A後の統合などにも取り組んできました。

海外で事業を営むことの難しさは、私自身も経験しています。

言葉が通じないこと、商習慣が異なること、現地の制度や仕組みが十分に理解できないこと。

そうした環境の中で事業を進めるには、現地の人々から学び、信頼関係を築きながら、一つひとつ課題を解決していく必要があります。

今、私が外国人起業家を支援する際にも、こうした経験が役立っていると感じています。

ただし、私が重視しているのは、外国人経営者に日本のやり方を一方的に押し付けることではありません。

経営者が持つ経験や強みを理解し、日本市場の特性と組み合わせながら、その事業に合った成長の道筋を一緒に考えることです。

必要であれば、厳しい指摘をすることもあります。

事業計画に無理があれば、その理由を説明し、改善策を考えます。

現場を確認する必要があれば、実際に足を運びます。

そして、事業計画書を作成して終わりではなく、その計画をどのように実行していくかという視点を大切にしたいと考えています。

外国人起業家が日本で安心して事業に取り組み、持続的に成長していけるよう、経営の面から支援すること。

それが、私の目指す外国人起業家支援です。

おわりに ― 経営管理ビザシリーズを終えるにあたって

本シリーズの第1回では、経営管理ビザが厳格化された背景と、制度本来の目的について考えました。

その後、事業計画書の作成、事業の実態、数字の根拠、専門家の選び方と、実務に即したテーマを取り上げてきました。

7回にわたってお伝えしてきたことを、一つの言葉にまとめるとすれば、

「形式ではなく、実態を見る」

ということになると思います。

これは、ビザの審査に限った話ではありません。

経営においても、立派な事業計画書を作ることより、その計画を実行し、顧客に価値を提供し、事業を継続・成長させることの方が重要です。

外国人経営者が日本で事業を営む意義も、在留資格を取得すること自体にあるのではありません。

新たな商品やサービスを提供し、雇用や取引を生み出し、日本の経済や地域社会に貢献していくことにあります。

そのためには、制度への適切な対応とともに、経営そのものを支える仕組みが必要です。

経営管理ビザの取得はゴールではなく、スタートラインです。

そして、その先にある事業の成功を支えることこそ、経営コンサルタントとして私が果たしていきたい役割です。

今回をもって、経営管理ビザに関する7回のシリーズを終了します。

これまでお読みいただき、ありがとうございました。

▶ 経営管理ビザシリーズ(全7回)

第1回|経営管理ビザはなぜ厳格化されたのか

制度改正の背景と、経営管理ビザ本来の目的について解説しています。

第2回|経営管理ビザの事業計画書で、なぜ多くの経営者が悩むのか

実際の支援現場で見えてきた、事業計画書作成の課題を紹介しています。

第3回|経営管理ビザの事業計画書は「通すため」に書いてはいけない

事業の実態を正しく伝えることの重要性について考えています。

第4回|経営管理ビザで見られる「事業の実態」とは何か

現場確認や経営者へのヒアリングを通じて、事業の実態をどのように把握するかを解説しています。

第5回|経営管理ビザの事業計画書で「数字の根拠」はどう示すべきか

売上予測を希望的観測ではなく、合理的な根拠に基づいて説明する方法を紹介しています。

第6回|経営管理ビザの確認書は誰に依頼すべきか

事業計画書の確認・評価を依頼する専門家の選び方について考えています。

筆者プロフィール

鮫島 創(中小企業診断士)

シャーク・コンサルティング代表。

海外PMI(M&A後統合)、海外ガバナンス、医療インバウンド支援を専門分野とする経営コンサルタント。

事業会社では執行役員グローバル事業部長を務め、中国(上海)および香港への駐在経験を有する。

現在は、外国人経営者の経営管理ビザ・高度専門職ビザに関する事業計画書確認・評価業務にも取り組んでいる。

海外事業経験を活かし、外国人経営者とのコミュニケーションにも対応している。

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