「喪失」から「再起動」へ
――60代男性の中に眠るWisdom(経験と知恵)
前回のコラムでは、60代男性が抱える「喪失感」の構造について考えました。
日本企業のメンバーシップ型雇用の中で、長い時間をかけて形成されてきたキャリア。
会社という共同体の中で積み上げてきた役職、責任、権限、承認、人間関係、そして居場所。
それらが、役職定年や定年によって失われていく。
しかも、本人にはまだ能力も体力も意欲も残っている。
そこに、「会社という制度の時間」と「一人の人間の時間」のずれがあるのではないか、と書きました。
そして最後に、一つの問いを投げかけました。
「では、自分には何が残っているのか」
今回は、その問いに対する私なりの答えを考えてみたいと思います。
結論から申し上げれば、私は、60代の人たちには、本人が思っている以上に大きな財産が残されていると考えています。
それは、長年の人生経験から培われた「Wisdom(経験と知恵)」です。
役職は失っても、Wisdomは失われない
会社の役職は、会社から与えられるものです。
部長、事業部長、執行役員――どれほど大きな責任を担っていても、その役職は会社の組織制度の中に存在しています。
したがって、会社の判断によって、ある日突然その役職を失うことがあります。
私自身がそうでした。
しかし、役職を失ったからといって、それまでの仕事で培ってきた知識や経験、判断力まで失われるわけではありません。
難しい顧客との交渉をまとめた経験。
部下の育成に苦労した経験。
思いどおりに進まないプロジェクトを立て直した経験。
海外で言葉や文化の壁にぶつかりながら、現地の人たちと信頼関係を築いた経験。
あるいは、自分の判断が間違っていたと気づき、失敗から学んだ経験。
それらは、会社から与えられたものではありません。
会社という環境の中で経験したことではあっても、そこから何を学び、何を身につけたかは、その人自身の財産です。
私は中小企業診断士の資格取得に挑戦したとき、改めてそれを実感しました。
財務、人事、営業、情報システム、経営管理など、会社員時代に経験してきたことが、試験勉強の中で次々とつながっていったのです。
そして独立した今も、企業経営者から相談を受ける際には、39年間の会社員生活で経験した成功も失敗も、さまざまな場面で役に立っています。
あのとき役職は失いました。
しかし、39年間で培ったWisdomまで失ったわけではなかったのです。
Wisdomとは、単なる知識やスキルではない
ここで、私が考える「Wisdom」について、少し整理しておきたいと思います。
英語には、Knowledge(知識)、Experience(経験)、Wisdom(知恵)という言葉があります。
これらは似ていますが、同じものではありません。
知識は、書籍や研修、学習などを通じて得ることができます。
経験は、実際に何かを行い、その結果を自分自身で引き受けることで蓄積されていきます。
そしてWisdomは、そうした知識や経験をもとに、複雑な状況の中で何が重要かを見極め、適切に判断し、行動するための知恵だと私は考えています。
例えば、部下のモチベーションが下がっているとします。
マネジメントの教科書には、傾聴、承認、目標設定、フィードバックなど、さまざまな手法が書かれています。
もちろん、それらは重要です。
しかし、現実の職場では、教科書どおりにいかないことも少なくありません。
本人が口にしている不満と、本当に悩んでいることが違う場合もあります。
上司として厳しく指導すべきときもあれば、黙って話を聞いた方がよいときもあります。
あるいは、本人の問題だと思っていたことが、実は組織の仕組みに原因があるかもしれません。
そうした状況で、過去の成功や失敗、人間関係の機微、組織の力学などを踏まえながら判断する。
そこにWisdomが生きるのだと思います。
大切なのは、経験年数が長ければ、自動的にWisdomが身につくというわけではないことです。
同じ経験をしても、そこから何を学ぶかは人によって異なります。
成功した理由を考える。
失敗した原因を振り返る。
相手の立場から物事を見直す。
そうした積み重ねによって、経験は知恵へと変わっていくのでしょう。
ここで参考になるのが、経営学者の野中郁次郎氏らが提唱した「SECI(セキ)モデル」です。
SECIモデルは、個人や組織が持つ知識を、暗黙知と形式知の相互作用を通じて、新しい知識へと発展させていく仕組みを説明したものです。
例えば、長年営業に携わってきた人は、顧客の表情や言葉の端々から、その人が本当に求めているものを感じ取ることがあるでしょう。
しかし、そうした判断の勘どころは、必ずしも言葉で説明できるものではありません。
これが「暗黙知」です。
その経験を他者と共有し、対話を通じて言葉にすることで、個人の中にあった知恵を、他の人も学び、活用できる知識へと変えていくことができます。
そして、その知識を実際に使い、新たな経験を積むことで、さらに知恵が磨かれていきます。
SECIモデルは本来、組織における知識創造を説明する理論ですが、私は、60代男性が自分自身のWisdomを再発見するうえでも、大きな示唆があると考えています。
自分の中にある知恵は、他者との対話や実践を通じて、初めてその価値が見えてくることがあるのです。
AI時代だからこそ、人間のWisdomに価値がある
生成AIの進歩には、目を見張るものがあります。
私自身、現在のコンサルティング業務で生成AIを積極的に活用しています。
大量の情報を整理する。
複数の選択肢を比較する。
仮説を立てる。
自分では思いつかなかった視点を提示してもらう。
こうした仕事では、生成AIは非常に強力な道具です。
そして、その能力は今後さらに向上していくでしょう。
では、AIがこれほど進歩する時代に、長年の経験を積んだシニア人材の価値は小さくなっていくのでしょうか。
私は、必ずしもそうではないと考えています。
むしろ、AIが知識や情報を容易に提供できる時代だからこそ、人間のWisdomの重要性が増す場面があるのではないでしょうか。
AIは、過去の膨大な情報をもとに、さまざまな問題について分析し、提案することができます。
しかし、ある企業で長年働き、その組織の文化や人間関係を肌で感じ、難しい判断の結果を自分自身で引き受けてきたわけではありません。
取引先との信頼関係を築くために何年も努力した経験も、部下の成長を見守った喜びも、自分の判断によって事業が失敗したときの悔しさも、AI自身の人生経験として持っているわけではありません。
もちろん、人間の経験に基づく判断が常に正しいとは限りません。
過去の成功体験にとらわれ、新しい環境への対応を誤ることもあります。
だからこそ、AIの分析力と人間のWisdomを組み合わせることに意味があると考えています。
AIを使って新しい情報や考え方を取り入れる。
一方で、自分自身の経験に照らし合わせ、現実の状況に適しているかを判断する。
最終的には、誰かが責任を持って意思決定する。
私は、これからの時代に求められるのは、そうした人間とAIの協働だと思います。
そして、その協働において、長年の経験から培われたWisdomは大きな強みになり得るのです。
誰もが、自分だけのWisdomを持っている
ここで、誤解していただきたくないことがあります。
Wisdomは、経営者や役員、管理職など、特別な地位に就いた人だけが持っているものではありません。
私は、長い人生を歩んできた人なら、誰もが何らかのWisdomの種を持っていると考えています。
例えば、長年営業の仕事をしてきた人なら、顧客との信頼関係を築く知恵があるかもしれません。
製造現場で働いてきた人なら、機械のわずかな異変に気づく感覚や、品質を守るための工夫があるでしょう。
総務や経理の仕事をしてきた人なら、組織を円滑に動かすための細かな配慮や、トラブルを未然に防ぐ知恵があるかもしれません。
仕事だけではありません。
子育て、介護、地域活動、趣味、病気や困難を乗り越えた経験。
そうした人生経験の中にも、他者に役立つ知恵が蓄積されているはずです。
しかも、本人にとっては当たり前すぎて、その価値に気づいていないこともあります。
「こんなことは誰でも知っている」
「自分には大した経験などない」
そう思っていることが、別の人にとっては貴重な助言になるかもしれません。
重要なのは、かつての役職の高さでも、部下の人数でも、年収でもありません。
自分が何を経験し、そこから何を学び、それを誰のために生かせるか。
そこに目を向けることが、再起動の出発点になるのではないでしょうか。
Wisdomを、社会が必要とする価値に変える
ただし、自分の中にWisdomがあることに気づくだけでは、十分ではありません。
それを社会の中で生かしていく必要があります。
ここで、中小企業診断士としての視点から、一つ提案したいことがあります。
それは、これまでのキャリアを、単に「何をしてきたか」ではなく、「誰の、どのような課題を解決できるか」という視点から見直すことです。
例えば、「営業部長を10年間務めた」というのは職務経歴です。
しかし、それだけでは、他者にどのような価値を提供できるのかは分かりません。
一方、
「新規顧客の開拓が進まない企業に対して、営業組織の仕組みづくりを支援できる」
「若手営業担当者に、顧客との信頼関係の築き方を伝えられる」
と考えれば、経験が具体的な価値に変わっていきます。
管理職の経験がなくても同じです。
長年、製造現場で品質管理に携わってきた人なら、中小企業の現場改善や若手技能者の育成に貢献できるかもしれません。
経理事務を担当してきた人なら、地域の小規模事業者の事務作業を支援できるかもしれません。
もちろん、経験があるだけで、すぐに仕事や収入につながるわけではありません。
相手のニーズを理解することも必要です。
新しい知識やスキルを学ぶ必要もあるでしょう。
場合によっては、自分が得意だと思っていたことが、実はそれほど求められていないと気づくかもしれません。
それでも構わないのです。
まずは、自分の経験や知恵を言葉にしてみる。
それが誰の役に立つのかを考える。
そして、小さな機会を見つけて試してみる。
そうした試行錯誤を通じて、Wisdomは自分の中にある財産から、他者に提供できる価値へと変わっていきます。
私自身も、会社員時代の幅広い経験が、独立後にどのような仕事につながるのか、最初からすべて分かっていたわけではありません。
さまざまな人と出会い、相談を受け、新しい仕事に挑戦する中で、少しずつ自分の強みが見えてきました。
自分の価値は、自分一人で考えているだけでは見つからないこともある。
私は、そのように感じています。

Wisdomは、人とのつながりの中で生きる
では、自分のWisdomを発見し、社会の中で生かしていくためには、何が必要なのでしょうか。
私は、その一つが「人とのつながり」だと考えています。
会社員時代には、組織が仕事や役割を与えてくれました。
上司がいて、部下がいて、同僚がいて、取引先がいる。
自分が意識しなくても、さまざまな人と接する機会がありました。
しかし、役職定年や定年によって、そうした関係が大きく変わることがあります。
そのとき、自分の経験や知恵を生かす相手が見つからなければ、どれほど豊かなWisdomを持っていても、発揮する機会がありません。
だからこそ、会社の外にも人とのつながりを持つことが重要なのだと思います。
そこで注目したいのが、「サードプレイス」という考え方です。
サードプレイスとは、家庭や職場とは異なる、第三の居場所を意味する言葉です。
地域のコミュニティ、趣味の集まり、学びの場、ボランティア活動など、その形はさまざまです。
私は、60代男性にとってのサードプレイスには、単なる交流の場を超えた可能性があると考えています。
人と話すことで、自分では当たり前だと思っていた経験が、実は他者にとって価値のあるものだと気づく。
誰かの相談に乗ることで、自分の知恵が役に立つことを実感する。
異なる経験を持つ人と出会うことで、新しい活動や仕事の可能性が生まれる。
あるいは、自分には縁がないと思っていた分野に挑戦してみる。
そのような場があれば、Wisdomを発見し、磨き、社会につなげるきっかけになるのではないでしょうか。
もちろん、すべての人が新しい仕事や収入を求めているわけではありません。
趣味を深めたい人もいるでしょう。
地域の役に立ちたい人もいるでしょう。
仲間と一緒に何かを始めたい人もいるでしょう。
それぞれが、自分に合った形で新しい役割や居場所を見つければよいのだと思います。
大切なのは、会社という一つの共同体だけに、自分の価値や居場所を委ねないことです。
失ったものより、残っているものに目を向けよう
3回にわたって、60代男性の「喪失感」について考えてきました。
第1回では、私自身が役職を失ったときの胸の疼きを書きました。
第2回では、日本型雇用の仕組みの中で、なぜそのような喪失感が生まれるのかを考えました。
そして今回は、その喪失感からどうすれば再び動き始められるのかを考えてきました。
私は、役職定年や定年によって失うものが小さいとは思っていません。
長年の仕事を通じて築いてきた役割や人間関係、承認、居場所を失うことは、本人にとって大きな出来事です。
それを簡単に「気持ちを切り替えればよい」と言うつもりもありません。
私自身、頭では理解していても、どうしても割り切れなかった人間だからです。
しかし、今なら言えることがあります。
役職を失っても、あなた自身の価値が失われたわけではありません。
長年の人生で経験してきたこと。
成功したことも、失敗したことも。
人との出会いも、苦労したことも。
そこから学び、身につけてきた知恵は、今もあなたの中に残っています。
それが、あなたのWisdomです。
そのWisdomを必要としている人が、社会のどこかにいるかもしれません。
ただし、待っているだけでは、その人と出会えないかもしれません。
だから、自分の経験を振り返ってみる。
誰かと話してみる。
新しい場所に足を運んでみる。
小さな役割を引き受けてみる。
そこから、思いがけない可能性が広がることもあるでしょう。
私は、60代からの再起動とは、必ずしも大きな転職や独立、起業を意味するものではないと思っています。
自分の中にあるWisdomを再発見し、それを生かせる新しい役割や居場所を見つけていくこと。
それもまた、立派な再起動です。
そして、そうした再起動を、一人ひとりの努力だけに任せるのではなく、仲間とともに考え、試し、支え合える場所があってもよいのではないでしょうか。
私たちは今、そんな場所をつくれないかと考えています。
この3部作で提起してきた問題に対して、私たちなりの一つの答えを形にしようとしているところです。
12月のコラムでは、その取り組みについてご紹介したいと思います。
参考文献
野中郁次郎・竹内弘高(1996)『知識創造企業』東洋経済新報社。
▶ シリーズ第1回
60代男性の「喪失感」――私の胸の疼きは、あの日から始まった
▶ シリーズ第2回
60代男性は、いったい何を失うのか――「喪失感」が生まれる構造
▶ 関連コラム予告(12月3日公開予定)
REBOOT SHIFT 60――60代から、人生を再起動する(仮)
60代男性が自分のWisdomを再発見し、新しい役割や居場所を見つけるために、どのような仕組みが考えられるのか。
私たちが構想している取り組みについてご紹介します。