鮫島コラム

日本の医療ツーリズムの勝ち筋― エージェント依存からの脱却に向けて ―

前回、「医療ツーリズムの国際競争力比較」では、日本はタイやシンガポールと同じ土俵で競争する限り、構造的に不利な立場にあることを書きました。

特に、

・価格競争
・エージェント依存型の集患モデル

においては、日本は優位性を発揮しにくい状況にあります。

では、日本は医療ツーリズムで勝てないのでしょうか。

私は、そうは思いません。

ただし、それは「従来と同じ戦い方では難しい」という意味です。

日本に必要なのは、

「エージェント任せの集患構造から脱却し、病院自身が国際患者との接点を持つこと」

です。

■ タイとシンガポール、日本は何が違うのか

アジアの医療ツーリズムを語る際、タイとシンガポールはよく比較対象として挙げられます。

しかし、両者の戦略は大きく異なります。

タイは、国を挙げて医療観光産業を育成し、

・価格競争力
・大量送客
・観光との組み合わせ
・国際病院網

を強みに成長してきました。

一方、シンガポールは、

・高難度医療
・国際認証
・英語環境
・富裕層向け医療
・国際ブランド

を軸に、「高品質・高信頼」のポジションを築いています。

実は、日本の真の競合は、後者のシンガポールです。

日本は、医療品質そのものでは国際的にも高い評価を受けているにもかかわらず、

「世界市場における医療ブランド形成」

という点では、まだ十分とは言えません。

■ 日本の強みは「価格」ではない

日本の強みは、

・精密な人間ドック
・高品質な画像診断
・専門医療
・高い安全性
・きめ細かなホスピタリティ

にあります。

つまり、日本の医療の本質的な強みは、

「高度な医療技術を、安全性や品質管理と一体で提供していること」

にあると言えるでしょう。

その象徴的な例の一つが、再生医療です。

日本は2013年、世界に先駆けて「再生医療等安全性確保法(安確法)」を制定し、審査・承認・継続モニタリングを含む包括的な安全管理の仕組みを国家として整備しました。

韓国や台湾が、日本の制度を参考に法整備を進めたとされていることからも、日本が再生医療分野における制度設計の先行モデルであったことが分かります。

再生医療の分野では、「最先端」であること以上に、

「安全性」
「信頼性」
「継続的な品質管理」

が極めて重要になります。

日本の優位性は、技術だけではなく、こうした制度的基盤を含めた「高信頼モデル」にあるのではないでしょうか。

つまり、日本の強みは、

「安さ」

ではなく、

「高い信頼性を求める患者層との親和性」

にあります。

特に富裕層や高難度医療を求める患者にとっては、

「どこが一番安いか」

より、

「どこなら信頼できるか」

の方が重要になります。

日本が目指すべきなのは、まさにこの市場です。

■ 世界トップ病院は「患者との直接接点」を持っている

世界トップクラスの病院を見ると、この構造がよく分かります。

例えば、アメリカの Mayo Clinic や Cleveland Clinic は、世界中から国際患者を受け入れています。

両院とも、

・国際患者専用窓口
・多言語対応
・オンライン相談
・渡航・宿泊支援
・国際患者コーディネート

などを自ら整備しています。

もちろん、保険会社や紹介機関、海外ネットワークとも連携しています。

しかし重要なのは、

「患者との信頼形成の主導権を、病院自身が持っている」

ことです。

患者は、

病院を知り、
情報を調べ、
比較し、
納得した上で、
直接問い合わせる。

つまり、

“Direct-to-Patient”

の導線が構築されているのです。

これは単なるマーケティングではありません。

「病院ブランドそのもの」を世界市場で形成しているのです。

■ 「知られていないものは、存在しない」

日本の医療機関は、医療品質そのものは非常に高い一方、

「世界に向けて語る力」

は、まだ十分とは言えません。

特に英語圏では、

「知られていないものは、存在しない」

のと同じです。

たとえ世界トップレベルの技術や診断精度を持っていても、それが英語で発信され、海外患者がアクセスできる形になっていなければ、世界の選択肢に入ることはありません。

今後重要になるのは、

・病院自身による情報発信
・英語コンテンツ
・国際患者視点での導線設計
・デジタル上での信頼形成
・海外医師ネットワークとの接点

です。

また、オンラインセミナーやウェビナーなどを通じ、海外患者との直接接点を増やしていく取り組みも重要になるでしょう。

これは患者個人への情報発信だけではありません。

海外の医師や医療ネットワークから、

「日本のあの病院に紹介したい」

と思われる信頼関係の構築も含みます。

つまり、

「エージェントに患者を送ってもらう」

のではなく、

「患者や医師から選ばれる病院になる」

という発想への転換です。

■ 日本型Direct-to-Patientモデルとは

もちろん、すべての日本の病院が Mayo Clinic のような巨大国際部門を持つ必要はありません。

むしろ重要なのは、

「自院の強みを明確にし、その領域で世界に直接語ること」

です。

例えば、

・再生医療
・精密人間ドック
・特定疾患
・高度画像診断
・低侵襲治療

など、日本が強みを持つ領域に特化し、

「その分野なら、この病院」

と認識されることが重要になります。

大量送客ではなく、

「高品質・高信頼・高付加価値」

の市場で選ばれる。

それが、日本型医療ツーリズムの勝ち筋ではないでしょうか。

■ 日本は勝てないのか?

日本が価格競争の延長線上で勝つことは、容易ではありません。

しかし、

「高信頼・高付加価値市場」

においては、日本は十分に競争力を持ち得ると私は考えています。

そのために必要なのは、

「病院が世界に向けて、自ら語ること」

です。

単にエージェントに患者を送ってもらうのではなく、

自院の強みを発信し、
世界市場の中で信頼を形成し、
患者や医師から“選ばれる病院”になる。

その発想への転換が、これからの日本の医療ツーリズムには求められているのではないでしょうか。

医療ツーリズムは、単なる集患ではありません。

それは、

「日本の医療ブランドを、世界市場でどう構築するか」

という戦いでもあるのです。